2013年7月26日金曜日

子供のネット依存、治療に当たる久里浜医療センター院長が「生易しい問題ではない」と警告

http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Watcher/20130720/492762/?mle


おそらく多くの人たちは『ネット依存』なんて大した問題ではないと思っているのではないでしょうか。それはとんでもない話です。子供たちのネット依存は、そんな生易しい問題ではありません。私は長年、アルコールや薬物に依存する大人たちの治療に携わってきましたが、ここに来る子供たちのネットへの依存度は、アルコールや薬物への依存と変わらない重大なものばかりです」。
 ネット依存の子供たちと向き合う独立行政法人国立病院機構久里浜医療センターの樋口進院長は、真顔で私にそう語った(写真)。
写真●神奈川県横須賀市にある久里浜医療センターの樋口進院長
 神奈川県横須賀市の海沿いにある久里浜医療センターは、日本で最初にネット依存の治療を始めた医療機関だ。それでも開始は2011年7月。実際に患者が来るようになったのは同11月から。まだ1年8カ月ほどである。久里浜医療センター以外で対応できているのは、全国規模で見ても数カ所もないという。そのため久里浜医療センターには全国から悩み相談が集中する。
 2013年7月までの間に、久里浜医療センターには約350件の電話相談が寄せられ、そのうちの3分の1に当たる約120人が実際にセンターにやって来た。半分以上は、親に「無理やり」連れてこられた未成年者だ。
 ネット依存といっても、これまでに来院した子供たちの80%は、パソコンを使って多人数で遊ぶオンラインゲームへの依存が強い人たちばかり。先に社会問題になった携帯電話やスマートフォンで楽しむソーシャルゲームの方ではなく、「家に引きこもって何時間もパソコンやゲーム機にのめりこんでしまう子供たち」だという。大学生を含む、10代の男子学生がほとんどである。
 逆に女性は20代以上。男性と違ってSNSにはまる傾向が強く、ゲーム依存はまれ。「好きな芸能人の追っかけがいつしか度を越し、四六時中SNSばかりしている女性がいる」(樋口院長)。
 男性と女性で傾向が異なるのは、そもそも依存対象が男性と女性では違うからだ。ちなみに米国では出会い系などにはまる人が多いそうだが、久里浜医療センターにはそうした相談は少ない。
 最近はLINEなどにはまる子供の話もなくはないが、「現在までにセンターに寄せられた相談はオンラインゲームが圧倒的に多い。ただし、ネットの分野はトレンドの移り変わりが激しいので、どんどん依存対象が変化していくことも考えられます。頻繁に調査をしない限り、実態をつかむのは本当に難しい」。


ネット依存傾向者は全国に約270万人ほどいると推計されている。ただそれも「2008年の調査結果。5年前のものです。現在ちょうど最新の調査を実施中ですが、スマホの登場で状況はまた変わり、依存傾向者はさらに増えていると思われます」(関連記事:スマホから離れられない子供たち、「スマホチルドレン」は今)。
 しかも270万人という数字は、国内の成人だけが対象だ。問題がより大きい未成年者が含まれていない。「未成年者については別に調べているところで、近々結果が出ます」。そのとき、驚愕の事実が判明するかもしれない。「具体的な数字が出てきて初めて、対策に向けて重い腰を上げてくれる人たちが出てくるかもしれません」。
 ともかく、日本での取り組みは始まったばかり。ゲームやスマホアプリの仕組みまで理解しながら、子供たちと根気よく向き合える専門性の高い医師の数も非常に限られている。

中高一貫校や有名大学のエリート学生が多く来院するわけ

 オンラインゲームへの依存(正確には「嗜癖」と呼ぶ)が強まると、子供たちはどうなるのか。
 家に閉じこもって夜型になり、学校に行かなくなる。当然成績は下がり、落ちこぼれて、退学を余儀なくされる人もいる。こうなるまでに、ゲームを始めてから半年とかからないこともある。重症化するまでの期間が短いのも特徴だ。
 この1年8カ月、100人を超えるネット依存の子供たちを見てきた樋口院長によれば、オンラインゲームにはまる子供たちは皆、「ゲームをしている間は異常なまでのハイテンション状態が続き、ものすごいエネルギーを消耗している」。生活は昼夜が逆転することが多く、「ゲームを終えたときには“電池切れ”の機能不全状態になって、何もできなくなってしまう」。すると風呂には入らず、食事もろくに取らなくなる。要するに、社会生活が営めなくなる。
 オンラインゲームにはまる子供たちのなかには、発達障害など別の問題を抱えている人も少なくない。人とのコミュニケーションが苦手なうえ、「自分をうまくコントロールできなくなってしまう」。こだわりが強く、「ゲームをやりたい」という衝動を抑えきれない。
 親が心配して、パソコンやゲーム機、スマホを取り上げるとどうなるか。
 親に暴力を振るい出したり、ゲームを続けるために無茶をし始めて、「ネットカフェで無銭飲食して補導されたり、パソコン機器などを万引きして捕まったりするケースも出始めている」。
 そういう子供たちと治療で向き合うのは容易ではない。樋口院長など医師側も毎回真剣勝負で、体力の消耗が大きいというのが本音だ。
 自主的に来院する子供など、まずいない。親に引きずられるように連れてこられる。来院するタイミングはちょうどゲームが面白くて仕方がない頃なので、「ものすごい不機嫌な状態でやって来ます」。本人がかたくなに抵抗し、親だけが先に相談に来て、後日、本人が現れることも珍しくない。
 意外なことに、来院する子供たちの多くは中高一貫校や有名大学に通う、いわゆるエリート学生が多いのだという。それはどういうことなのだろうか。成績優秀な子供たちほど、実はネット依存に陥りやすいのだろうか。
 樋口院長は「そうではありません」と説明する。


ネット依存はまだまだ実態が知られていない。ましてや、久里浜医療センターのような治療施設があることを知らない親の方が多い。
 そのため、「ここに来院してくるのは今のところ、もともと教育熱心な家庭で育った子供たちに偏っていると見られます。情報にアンテナを張っている親が当センターの存在を自分で見つけて連絡してきたというのが大半です」。つまり、氷山の一角が露呈したに過ぎず、それが現時点に限っては、エリート学生に偏って見えているだけ、ということである。
 「ネット依存は誰にでも可能性があります」。樋口院長はそう警告する。

ゲーム以外に面白いものを見つけられるかが転機に

 ネット依存の治療は今まさに始まったばかりだ。しかし樋口院長は、既に問題解決の難しさを痛感している。
 まず治療のゴールをどこに設定すべきか。
 樋口院長のもともとの専門であるアルコール依存や薬物依存、たばこ(ニコチン)依存などは、依存対象の摂取をやめることが1つの明確なゴールになる。しかもこれらの依存は続けると確実に体を蝕むので、本人が依存を自覚しやすい。
 ところが新しく浮上してきたネット依存は、ゴールが設定しにくい。今後、私たちの生活からネットがなくなることはなく、むしろどんどん密着していく。便利なサービスは使っていかなければならない。そうした環境のなかで、例えばゲームだけを遮断するのは容易ではない。「利用するサービスを限定するとか、使う時間帯を決めるとか、うまく付き合っていかなければなりません」。
 依存する人が大人ではなく、子供なのもネット依存の特徴だ。「これまでアルコール依存や薬物依存は、主におじさん(中高年)の問題だった」。だがネット依存は大半が子供。治療を難しくしているのは、その子供たちの自覚の少なさだ。
 特にオンラインゲームでは、ネットの世界にログインした途端に、自分と同じように今まさにゲームを楽しんでいる“仲間”がたくさんいると思えてくる。「自分が“どこかおかしい”という感覚を持ちづらく、『これが普通だ』と錯覚してしまいます。『問題だ。何とかしなければ』という意識にはなりにくいのです」。これが今後スマホへの依存に移っていくと、もはや生活の一部なだけに、ますます自覚がなくなるだろう。周りから見ても、ネット依存なのかどうかが分かりにくい。持ち歩くので引きこもりになるとも限らない。
 実はいかなる依存症の治療も、出発点は「本人の自覚」からと樋口院長は指摘する。「本人の自覚なしに、単にゲームを取り上げても暴れるだけ。何の解決にもなりません」。入院するにしても、やはり本人の自覚がないとうまくいかないのは、過去の依存症治療から明らかである。
 そのため通院が始まると、樋口院長がまず始めるのは「子供たちとの信頼関係の構築」である。治療はその先だ。


私が久里浜医療センターを訪れた7月中旬のこの日も、樋口院長は直前まで子供たちと昼ご飯を一緒に食べながら話をしていたところだった。信頼関係を築き、自覚を促すまでには相当の時間がかかる。1~2回の通院で何とかなるような問題ではない。
 まして、相手はこれから先のある子供たち。通院や入院したことが「心の傷」になって残りかねないし、将来のキャリアに傷がつく可能性も否定できない。治療には慎重さも求められる。1つとして同じケースはない。
 「ネット依存の問題は経験の蓄積がまだない。今の子供たちが大人になる10年後にどんな影響が出てくるのか、まだ全く分かりません。子供時代のちょっとした気の迷いで済まされる問題なのか、それとも人の成長に深刻な影響を及ぼすものなのか、研究は始まったところです」。
 もちろん、悲観してばかりもいられない。樋口院長は相手が子供たちだからこそ、光明が差すこともあり得ると前向きに捉える。
 「子供たちはまだ人生経験が浅い。それゆえに、ゲームよりも楽しいことがほかにたくさんあることを伝えてあげられれば、切り替えは大人よりも早いでしょう」。
 クラブ活動を始める、アルバイトに精を出す、興味が持てる学校に入り直すなど、ゲーム以外のアクティビティーに目を向けてもらうのが肝心だ。それがネット依存から抜け出す転機になる。ある子供は音楽の世界に関心を移し、ネット依存から脱却した。
 なお、久里浜医療センターのWebサイトでは、ネット依存のスクリーニングテストを利用することができる。心配事のある人は試してみてほしい。センターで受診を希望する場合は予約が必要だ。

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