2013年7月22日月曜日

2013年カンヌ広告祭に見るトレンド(前編)――理想像ではなく現実を描く





http://marketing.itmedia.co.jp/mm/articles/1307/18/news003.html


 

今年も世界三大広告賞の1つ、カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル(以下、カンヌライオンズ)が開催された。本年のカンヌライオンズの総エントリー数は3万5765作品、昨年比4%増で最多記録を更新した。日本からのエントリーも1093エントリーを数え、受賞式では日本出身のアーティストもパフォーマンスを披露した。日本でも、業界のみならず、一般の方々の間でも、注目度が年々増しているようだ。
 オグルヴィ・アンド・メイザーは最多の155ライオンを獲得し、2年連続でネットワーク・オブ・ザ・イヤーに輝いた他、サンパウロ・オフィスはエージェンシー・オブ・ザ・イヤーを受賞。O&Mグループにとって特別のカンヌライオンズとなった(Ogilvy & Mather retains Network of the Year title at Cannes Lions 2013)。
 さて、連載10回目となる今回は、受賞作品を検証し、受賞理由やトレンド、そして今後の広告の在り方について考察してみたい。
 まずは、カンヌライオンズがどのような観点で広告を評価しているか整理しよう。1954年の創設以来、2010年まで、この広告祭は「カンヌ国際広告祭」として開催されてきたが、2011年に名称を「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル」に変更した。「広告」という文字を消し、「クリエイティビティ」を強調したこの名称変更の背景にこそ、評価基準における鍵が隠されていると考えている。
 「クリエイティビティ」とは、一般的に「創造的であり、独創的であること」だが、カンヌライオンズが評価する「クリエイティビティ」は、通常のクリエイティビティが網羅する範囲よりも広義の意味を持つ。私はそのポイントを「芸術性~現実を鮮やかに描き出す描写力」「解決策としてのアイディア創出力」「メディア特性の最大化」という3点にまとめることができると考えている。
 カンヌライオンズは19の部門から構成され、部門ごとにグランプリ、金、銀、銅の賞を授与している。最優秀作品賞であるグランプリに選ばれる広告作品はこの3点全てにおいて優れ、他の入賞作品は全て揃っていないながらもいずれかの点において際立っているということになる。2013年の受賞作品を例にとりながら、ポイント3点を検証してみよう。

芸術性~現実を鮮やかに描き出す描写力

 「芸術性」が重視される理由は、創設時の時代背景と創設の成り立ちに帰結する。「芸術性」という言葉により、カンヌ国際映画祭との関係性を思い起こされる方も多いだろう。カンヌ国際映画祭とは直接の資本提携こそないが、関係は深い。(カンヌ国際広告祭が)創設された1954年は映画の全盛期であり、当時は映画本編前の広告(シネマアド)が重要な広告媒体として位置づけられていた。当時はテレビ普及率が低く、また現在のように広告媒体が多様化していなかった。映画が庶民の最大の娯楽の1つであったことを考えれば、シネマアドが広告業界において最重要メディアの1つであったことがイメージができるだろう。
 そのシネマアドを制作する業界団体が、広告主へのプロモーションの一環として、当時すでに毎年開催されていたカンヌ映画祭と同じ場所で、シネマアドのコンクールとして始めたのが、カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバルである。
 シネマアドのプロモーションが目的ということもあり、最初はFilm部門のみで始まった。広告のオーディエンスは映画の観客であり、メディアは映画と同じ35mmフィルム、そして受賞式にはカンヌ国際映画祭の関係者が多く参加したという背景もあり、カンヌライオンズには、広告作品の「芸術性」を重視する文化が今でも受け継がれている。
 「芸術性」という表現は非常に抽象的であり、一概に定義することは難しい。ここでは、カンヌライオンズが好む芸術性の「傾向」を考察してみたい。
 広告は広告主のビジネス課題をコミュニケーションで解決することが目的で、決して芸術性を極めることがゴールではない。しかし、コマーシャルアートというジャンルが現代アートのカテゴリーに存在するように、現代アートとカンヌライオンズの広告作品には緊密な関係がある。
 例えば、TVCMやネット上のブランドコンテンツといった動画を主体とした広告作品は、映画作品と肩を並べるほどの質を有する。広告作品で表現されるテーマやストーリー展開、映像の質、音楽演出等も、現代の映画と比べて遜色ないレベルが求められる。
 歴代の受賞作品を全体的に検証すると、表現という点において、カンヌという土地柄が浮き彫りになる。鮮やかな色彩と豊富なアクションシーンで楽しませるハリウッド映画的な表現ではなく、陰影描写が鮮やかで、人間の本質を鮮明に描き出すことに優れたフランス映画的な表現が好まれる傾向にあるのだ。そして、この「現実を鮮やかに描き出す描写力」を重視する傾向こそ、2013年の鍵である。
 フィルム・クラフト部門の最優秀作品であるパラリンピック2012の「MEET THE SUPERHUMANS(超人に会おう!)」キャンペーンを例に取る。
 この作品は、パラリンピック2012のプロモーションビデオで、制作したのはイギリスの公共テレビ局チャンネル4テレビのインハウス・エージェンシー(テレビ局と資本関係がある制作会社)だ。チャンネル4は若者やマイノリティ、知識層などを対象とした番組編成で知られ、革新的な作品を世に出す傾向にある。この制作会社の革新性に、パラリンピックが託したのは「イメージチェンジ」だ。
 パラリンピックはオリンピックに付随した位置付けで、どちらかというと、オリンピックの2番手的な捉え方で認知されてきた。そのイベントのイメージを一新し、パラリンピックもオリンピックと同様、エキサイティングなスポーツの祭典として認識させることが広告作品に求められた。 
 このプロモーションビデオは英国を中心にテレビで展開された。その結果、チケットは開催史上最高の売り上げを記録。躍動感溢れるアスリートの姿と、障害の裏に潜むさまざまなドラマを交錯させながら、映像コンテンツとして類稀な力強さを表現した印象的な作品だ。映像そのものが見ている者の価値観を大きく変える力があることを証明した作品であろう。
 これまでブランドは、「ブランドを築く」ために、架空の人物像やセレブリティ、モデルを使うことで、人々の課題を解決する理想的な世界観を創造してきた。その上でメディアを活用し、その世界観をストーリー仕立てで消費者へ伝えてきたのである。しかし、パラリンピック2012をはじめ、受賞作品に共通して描かれていたのは、理想像ではなく「現実」だった。実在する人々、もしくは個人に内在する心の葛藤に焦点を絞り、現実をより鮮明に描き出すストーリーが、カンヌライオンズの受賞作において主流を占めた。これは、今後の広告の流れを推測する上で重要な鍵となるだろう。
 こうした変化はオーディエンスの変化に起因すると考えられる。インターネットが普及し、情報量が爆発的に増加する中で、消費者は虚像に満ちた情報を削除し、透明性が高い情報、すなわち事実を求める傾向にある。そうしたデジタル時代の消費者の行動を反映すべく、ブランドは、ブランドが目指す理想の世界を語ることを止め、実在する本当の人々について語り、人々の心の中にある葛藤に触れ、ブランド力で真実を映すことに舵を切り始めた。この傾向はナイキのFind Your Greatnessや、ダブ(Dove)のReal Beauty Sketchesにも顕著に現れている。
FIND YOUR GREATNESS。日本語版はこちら
 ナイキの「Find Your Greatness(あなたの最高をみつけよう!)」キャンペーンを見てみよう。ナイキはトップ・アストリートをブランドのアイコンに使うのを控え、一般の人々を取り上げて、現実を鮮やかに描くことでターゲットへのブランドに対する親近感を醸成する戦略を取った。
 現実の中にきらりと輝く真意を鮮やかに描き出せば、共感を持って受け入れられる時代が到来したのである。日常におけるデジタルの深化が進む中で、今後、こうした変化は間違いなく増えてくるであろう。

解決策としてのアイディア創出力

 審査員に注目してみよう。カンヌライオンズの審査員は、広告制作側である広告代理店関係者が大半を占める。2013年、日本からは12人の審査員が選考された。12人全員が広告代理店関係者である。すなわち、広告主が組織し、広告主側が広告制作側と作品を審査するコンクールではなく、広告制作者による広告制作者のためのコンクールである。この点が審査基準に強く影響する。
 「広く伝えた」という実績を可能な限り分析し、数量的に測るようなものではなく、「広告主の課題をどう解決したのか」、つまり、課題を解決するための、解決策としての「アイデア創出力はどうだったのか」を評価しているのである。
 オグルヴィ・ブラジルが制作した「ダヴ」の「REAL BEAUTY SKETCHES(リアル・ビューティー・スケッチ)」キャンペーンをご紹介しよう。
REAL BEAUTY SKETCHES。日本語版はこちら
 この作品は、最も効率的な統合マーケティングを展開した広告作品に贈られる「Titanium and Integrated Lions(統合キャンペーン部門)」でグランプリを獲得した。またサイバー部門やブランデッドコンテンツ&エンターテイメント部門等、数多くの部門で入賞し、今年のカンヌライオンズでひときわ話題に挙がった作品の1つだ。日本では、「気づいてください。あなたは自分が思うよりも、ずっと美しい。」というコピーで現在もキャンペーンを展開中だ。
 「自然体に宿る美が賛美される世界」を望むダヴは、「リアル・ビューティ」キャンペーンを継続して展開している。同社は、雑誌のファッションモデルが、画像修正ソフト“フォトショップ”で変貌していく過程の動画や、拒食症問題で揺れるモデル業界に一石を投じるようなキャンペーンを展開するなど、女性と美というキーワードで社会に広がる葛藤を敏感に捉え、それらの葛藤を取り入れた広告宣伝活動を展開してきた。今回も女性と美に強く関係したインサイト(多くの人が潜在的に感じている気持ち)を捉えることで、力強い広告作品を作り上げた。 
 ブランドメッセージ「リアル・ビューティ」を市場に浸透させるために同社は、女性が自分の容姿を必要以上に思い悩んでいるというインサイトを取り上げた。より多くの女性に、自身で思うよりもずっと美しいことに気づかせる広告作品を創りあげることが求められたのである。
 そして、その課題に対する解決策としてのアイデアが、「リアル・ビューティ・スケッチ」だった。
 美術スタジオのような空間が布で仕切られ、一方にスケッチアーティスト、もう一方に女性がいる。アーティストから女性は見えない。アーティストは、女性が布越しで伝える自身の特徴を聞きながら、女性の肖像画を描いていく。その後、別の女性が登場する。この女性は、先ほどの女性と控室で他愛もない会話を交わしただけの人物だ。彼女はアーティストに、先ほどの女性の特徴を布越しに伝える。アーティストはその言葉をもとに、もう1枚の肖像画を描く。
 同じ女性を描いた2枚の肖像画だが、本人の言葉によって描かれた肖像画よりも、他人のコメントをもとに描かれた肖像画の方が、魅力的な女性として描かれている。
 「女性が自身で思うよりも、ずっと美しいことに気づかせる。」
 この課題を見事に解決した作品だと言えよう。
 この作品はインターネットを通じて拡散され、全米公開後7日間で1200万視聴を記録した。日本でも、公開後2日間で60万人が視聴した。カンヌライオンズ開催まで、NBCニュース、ニューヨークタイムズ等のメディアでも取り上げられ、マス媒体のメディアインプレッション合計は30億、YouTubeでは460万回の視聴を記録した。さらに、Facebookでは190万のシェアと33万人の新しいファンを獲得した。ホームページ訪問者はのべ430万人となり、ブランド名によるインターネット検索数は5倍にも跳ね上がった。
 ブランドが伝えたいメッセージを効果的に、より多くの人に伝えた作品と言えよう。
 ここで注目したいのは、Titanium and Integrated Lions(統合マーケティングライオン)という部門に関してだ。カンヌライオンズに今年新たに設立された部門である。この部門の設立から、世界の広告の潮流が把握できる。広告、もしくは、広告作品を支えるアイディアの評価は、もはや露出されたメディアの大きさやメディア/チャネル数で測定するべきではない。むしろ効果の寿命、目標、そして社会へのインパクトによって測るべきだ。メディアがアナログからからデジタルに移行した現在の世界では、多くのメディアの媒体効果はあまりに低く、また、消費者が注意を向ける時間はあまりに短い。デジタルの時代では、ブランドと人との間に365日のコネクションを築くことが重要となる。それゆえ、高予算の作品や認知が高い広告作品への受賞が見送られ、認知が低くとも印象的で、ハッとさせるアイディアが詰まった広告作品に最優秀賞が贈られる傾向がある。
 ここで、モバイル部門最優秀賞から、「TXTBKS SMART COMMUNICATIONS スマートコミュニケーション」キャンペーンをご紹介しよう。
 フィリピンのテレコミュニケーション会社「TXTBKS」が古いSIMカードを再利用し、カードにテキストデータを保存して教育が必要な子供たちに提供するという取り組みである。メディア露出という点で、サイズ的に一番小さいかもしれないが、スケールとポテンシャルでは最も大きい。このシンプルなアイディアこそ「365アイディア」と呼ぶべきで、限られた予算の中で投資効果の最大化を実現した、まさに「解決策としてのアイディア創出力」に値する作品であると言える。
 *後編に続く





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