2013年1月21日月曜日

「ゲームチェンジ」宣言から1年、KDDI「3M戦略」は何を変えたのか

「ゲームチェンジ」宣言から1年、KDDI「3M戦略」は何を変えたのか

 

 堀越 功=日経コミュニケーション

ソフトバンクによる米スプリントの買収など、通信業界にとって激動の年と言えた2012年。記者が最も印象に残ったのは、昨年のちょうど今頃に発表されたKDDIの3M戦略の第一弾「スマートパスポート構想」だった。通信事業者のこれからの戦略として多くの可能性を感じたからだ。「ゲームチェンジする」という宣言から1年がたち、では実際に何が変わったのか。事業者間競争の視点、ユーザー環境の視点、そして今後の流れという視点で影響を分析してみたい。
 まず同社が「ゲームチェンジする」といった意図は、これまでのモバイル中心だった回線獲得モデルを、「FMC(Fixed Mobile Convergence)+バリュー(付加価値)型」に転換する方針を指す。auスマホと提携固定事業者のブロードバンドサービスをセットで契約することで最大2年間スマホの料金を月額1480円割り引く「auスマートバリュー」は、単なる割引サービスではない。上記の方針に沿って、提携事業者とクロスセルを進めて低コストで新規ユーザーを開拓し、モバイルと固定をセットでARPU(契約当たり月間平均収入)向上を目指したモデルと言える。
 KDDIのスマートパスポート構想のもう一つのベースとなる「auスマートパス」は、月額390円で500本のアプリがダウンロードし放題になるサービスだ。こちらは付加価値ARPUを積み上げる起点としての狙いがある。auスマートパスの拡充に合わせて、ビデオパス、うたパス、ブックパスといったコンテンツ系サービスも増やしている。
 auスマートバリュー、auスマートパスという3M戦略のベースとなるサービスは、ここまで順調に推移しているようだ。開始から半年以上が過ぎた2012年9月末段階で、au側のスマートバリュー適用契約数は200万を突破。固定回線側のスマートバリュー適用世帯数は120万となった。この数字は、KDDIの目標値である2012年度末のauスマバリ適用契約数310万、固定側のスマバリ適用世帯数155万を十分クリアできる水準だ。採算の面でも、新規ユーザーの比率が採算ベースの目安を超えているという。
 auスマートパスも、当初採算分岐としていた400万ユーザーを2013年1月2日に突破したという。もっともiOS版のスマートパスは、4月末まで無料キャンペーンとしているため、実際にはまだ採算は取れていない。

FTTH市場も揺るがす、NTT東西は異例の対抗値下げを繰り返す

 ではこれらの戦略が、事業者間の競争にどのような影響を与えたのだろうか。
 まずは純増数に変わって、モバイル市場の競争の重要指標として注目されるようになった携帯電話番号ポータビリティー(MNP)の転入出状況。KDDIは年間を通してMNP純増数トップをキープし、2位のソフトバンクモバイルを大きく引き離している。もちろん9月に発売したiPhone 5の効果も大きいが、転入超過を続け、ソフトバンクモバイルに引き離されていた2011年の状況と比べると劇的な改善が見られる。モバイルの競争の部分では、好調なKDDIを支える施策として、ある一定程度の寄与はあったと考えられる。
 モバイル以上に劇的な変化を見せているのが、固定ブロードバンド、特にFTTH(Fiber To The Home)の競争状況だ。総務省が四半期ごとに公表するFTTHの事業者別シェアで、KDDIは2012年3月末時点で9.5%だったシェアを同9月末では10.6%まで伸ばした。これまでFTTHの分野はNTT東西のシェアが盤石であり、ほとんど動きは見られなかった。
 実はKDDIは、3M戦略の本格化に合わせて同社のFTTHサービス「auひかり」のエリアを急速に拡大している。NTT東西によると「auひかりがエリアを拡大した地域で、解約の影響が目立って大きい」という。そのためNTT東西は2012年の年間を通して、フレッツ光の「2年割」、マンション向けサービスの値下げ、「思いっきり割」による新規促進キャンペーン(以上NTT東)、1Gビット/秒タイプの「スーパーハイスピードタイプ隼」の提供、マンションタイプの値下げ、コミュニティー割引の提供、「光もっともっと割」による長期割引サービス(以上NTT西)といった施策の投入を繰り返した。記者が記憶する限り、FTTHの分野でこれだけNTT東西が新たな施策を投入した年はなかったと思う。
 もちろんFTTHのシェアでは、NTT東西はまだ揺るぎない規模を誇っている。ただ固定通信の競争を新たに喚起したという点では、KDDIの3M戦略はむしろ固定市場に大きな一石を投じたと感じる。

ユーザーにはトータルコストで通信費を見ていく変化

 続いて、ユーザーに与えた影響を見ていこう。店頭やCMの浸透を含めて、スマートバリューの「スマホが月1480円割引」というインパクトは大きかった。ある競合他社も、「スマートバリューで1480円割引と言われるだけで、正直ひるんでしまう面もある」と打ち明ける。

ただ冷静に分析していくと、必ずしもすべてのユーザーにとって安いサービスにはならない。例えばスマートバリューの適用対象となるために提携CATV事業者のサービスに加入する場合は、多くのケースで多チャンネルサービスに加えて、ネット接続、ケーブル電話の加入が必須となるからだ。実はこの部分でコストがアップし、固定とモバイルを含めたトータルコストを考えると、単純に1480円の割引にはならない。家族がいる世帯で2人以上がauスマホユーザーとなった場合には、お得感が出てくるケースが多いだろう。
 実はこのような計算をユーザーに考えさせることが、ユーザーに与えた一つの変化ではないかと思う。固定とモバイルのトータルコストで通信費を見ていくという変化だ。
 もちろんコストに敏感な家庭ではこのような計算を進めていたかもしれない。ただ家族間の割引サービスが豊富なモバイルサービスに対し、固定を含めて家族でセット割というスマートバリューが出てきたことで、記者を含めて改めてこのような考え方が喚起されたという意義があると感じる。
 スマートパスの月額390円でアプリが使い放題になるというサービスも、ユーザーの新たなアプリとの接し方を開いたと感じる。これまでは、購入に躊躇していたようなアプリも、とりあえずダウンロードすることが多くなったと考えられるからだ。
 アプリを出すコンテンツプロバイダー側からは、マネタイズが難しかったスマホ上で、月額課金で収益が得られるのはありがたいという意見が聞こえてくる。しかもサービス開始当初の段階からKDDIはユーザー数が400万いると見なし、コンテンツプロバイダーと収益をシェアするモデルを取った。まずは有力アプリを集める場を作るためにリスクを取った形だ。その一方で、ユーザーがスマートパスによってダウンロード・利用するアプリが増えていった場合、「収益の配分が相対的に減ってしまい、採算が取れなくなるかもしれない」といった懸念を示すコンテンツプロバイダーもいる。

次の流れはマルチデバイス、そしてそれを可能にするHTML5

 ここまでは事業者間の競争、ユーザーへの変化という視点で、比較的プラスの側面にフォーカスを当てた。ただ課題もいくつか残っている。今後の流れを見ていくうえで、いくつか指摘してみたい。

まずはスマートバリューの提携事業者であるCATV事業者などから聞こえてくる不満の声だ。スマートバリューの1480円の値下げの原資は、KDDIと提携事業者が互いに折半する。提携事業者からは、「確かにスマートバリューによって新規ユーザーの獲得を後押しした点はあるが、コストに見合った効果が出ているのか疑問に感じる面もある」という声が聞こえてくる。開始から1年がたち、ある程度実績が見えてきた段階で、諸条件の再調整は必要になってくるだろう。
 もう一つ、ユーザーの視点からは、特にiOS版のスマートパスが、Android版と比べて見劣りする点に課題を感じる。もちろんこれまでの米アップルの方針に風穴を開け、WebサービスながらiOS上でスマートパスのようなビジネスモデルを実現したことは評価に値する。実はこのサービスを実現するためだけに、同社の田中孝司社長と高橋誠代表取締役執行役員専務がアップルの元へ直談判に行ったという。iOS上でこれだけKDDIの世界観を広げられることには驚いたが、残念ながら、かつてのEZwebライクなWebページの世界観にとどまっているのではないかとも思う。
 このような課題から、KDDIは今後、OSに依存しないサービス環境を実現するために、ブラウザーベースでネイティブアプリに近いユーザビリティーを実現できる「HTML5」に力を入れていくと考えられる。それによってAndroidやiOSといったOSの違いに左右されない、真のマルチデバイス、マルチユース環境を実現できるのではないか。
 実際、KDDIの内部ではHTML5の取り組みを加速するような大号令がかかっているという。Mozilla Foundationが推進するHTML5を前提としたモバイルプラットフォーム「Firefox OS」搭載機の検討や、iOS版スマートパスをさらに強化するといった次の一手の動きが聞こえてくる。
 KDDIが取るであろう次の方向性は、ユーザーこそが望む次の流れだとも感じる。筆者が司会を担当し、情報通信総合研究所の4人の研究員ともに実施した新春座談会では、「2013年はOSフリー化、マルチデバイス化元年」というキーワードが飛び出した。もちろんKDDIだけではなく他の事業者も、HTML5の取り組みやマルチデバイスの取り組みを加速するだろう。ただKDDIは、au IDというマルチデバイスを前提としたIDの仕組みを既に整え、一歩先んじている立場とも感じる。
 格安のタブレットが市場に数多く出まわるようになり、スマホに加えてタブレットを所有する人も増えていくだろう。そうなると、シーンごとに最適なデバイスでシームレスにサービスを使いたくなる。さらには複数のデバイスが連携して、新たなユーザー体験を生むようなサービスが登場するかもしれない。そのうえで、ユーザーにとってコスト負担が軽くなるような施策があればもっと良い。これはまさに、KDDIの3M戦略が目指す「マルチデバイスの進展」そのものではないか。
 KDDIの田中社長は「ユーザーの“ウォンツ”に応えていきたい」という言葉を繰り返しよく使う。ユーザー視点に立った、通信市場に刺激を与えるような新たな取り組みの登場を、今年も期待したい。


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