2013年8月29日木曜日

初のネット選挙が盛り上がらなかったワケ

http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK2302H_T20C13A7000000/


ブロガー 藤代 裕之


 ネット選挙が解禁されれば若者が投票に行き、ソーシャルメディア上では有権者を巻き込んだ政策論争が展開される…。そんな事前の期待は裏切られた。初のネット選挙が盛り上がらなかったのには理由がある。
■予想できた低調さ
 選挙運動の風景は大きく変化した。政党や候補者は、フェイスブックやツイッターを利用し、情報を発信してネット選挙に対応した。が、投票率は52.61%で、戦後3番目の低さにとどまった。橋元良明東京大学教授らの調査によると、ネットを通じて候補者や政党が発信した情報を見たと回答した人は18%。候補者や政党に対するデマやひぼう中傷を見た人は6%とこちらも低い。ただ、これはある程度予想できたことだ。
 例えば、若者の投票率の向上。若者に向けた公約を訴えたいためにソーシャルメディアを使うというなら分かるが、従来の主張を繰り返しても反応が鈍いのは当然だ。情報過多の時代に伝送路だけを新しくしても伝わるわけではない。
 もし、政党や候補者と利害関係がない、いわゆる浮動票の有権者が投票時に情報を参考にするとしたら、大きな争点があったり、選挙区の候補者が対立的だったりして、盛り上がっているときだ。
 ネット選挙では、アメリカ大統領選挙の事例が紹介されるが、選挙資金や運動に関わることで、自分が応援する候補が競い合い予備選挙をくぐり抜けていく様子は甲子園のように勝ち残っていくドラマがある。つまり選挙戦そのものが盛り上がりを誘発する構造を持っているのだ。一方、参院選は政権交代に直結しない上、選挙前から自民優位の情報がメディアで報じられており、盛り上がる要素が少なかった。
■争点を消した自民党の巧みさ
安倍首相はソーシャルメディアでの発言を抑えて選挙戦を有利に運んだ
安倍首相はソーシャルメディアでの発言を抑えて選挙戦を有利に運んだ
 さらに自民党は「原発」や「憲法」といった微妙な問題を避け、争点を消しアベノミクスの信任投票に持っていくことに成功した。
 選挙が優勢で、かつ微妙な問題を争点化したくない場合は、積極的に政策の情報を発信しようというインセンティブは働かない。ソーシャルメディアで発言することで「舌戦」から「炎上」につながることで争点化する危険性があるからだ。
 安倍晋三首相がフェイスブックで行った、田中均・元外務審議官への批判は、民主党の細野豪志幹事長との非難合戦になりかけた、それ以降は争点になるような書き込みは避けている。
 民主党は明確な対立軸を打ち出すことができなかった。それどころか、開設したばかりの海江田万里代表のフェイスブックページに批判的なコメントが書き込まれるなどソーシャルメディアを起点とした与党攻撃どころではなかった。
 ソーシャルメディア利用の経験、どのように使うかの巧みさでも民主党は自民党に負けた。
■明らかになった「すれ違い」
 候補者による訴えと有権者の関心がすれ違っていることも盛り上がらない理由のひとつだ。
 毎日新聞と立命館大学の西田亮介特別招聘准教授の共同研究によると、候補者側ツイートは「演説」「選挙」「駅」など告知や報告が中心だが、利用者側のツイートは「原発」が突出、続いて「憲法・改憲」「震災・復興」だった。原発は「反・脱」とは限らない。また、政党名と一緒にツイートされていないという。
 ソーシャルメディアはリアルを「可視化」する。候補者名を連呼しながら街宣車が通り過ぎる選挙風景にネットが加わったからといって、候補者側が有権者にメッセージを一方的に伝えようという意識はなかなか変わらない。
 つまり、選挙そのものの盛り上がりの低さ、自民党の巧みさ、政党や候補者側の意識などが要因となりネット選挙は低調になった。逆にいえば、政党や候補者側が十分に活用できなかったともいえる。投票率の低下は有権者の関心の低さに結びつけて語られることが多いが、既存の政党や候補者側がマーケットを掘り起こす事ができていないと捉えることもできる。投票率が50%であれば、まだ半分の人が投票してくれる可能性がある。ソーシャルメディアで、人々の声を拾い上げ、どの公約を強調してアピールするのか、さらには公約そのものを見直すなど、の動きが起きれば有権者側も反応するだろう。
■ネット戦を先取りした東京
 ネット選挙が本格化した状況を見通すテストケースになったのが東京選挙区だ。山本太郎陣営と鈴木寛陣営は、選挙終盤に最後の枠に滑り込もうとネット上で情報戦を繰り広げ、対立軸が生み出されて一部で盛り上がりを見せた。というよりも鈴木陣営が巻き込まれたというほうが正確かもしれない。
 東日本大震災時の対応について不正確な批判が巻き起こり、拡散した。この情報が当落にどのように影響したかは不明だが、鈴木氏は落選。ネット選挙を推進していたにもかかわらず皮肉な結果となった。山本陣営は、ツイッターで大きなボリュームであるにもかかわらず政党と結びついてない「原発」をうまく取り込んだともいえる。
民主党の鈴木寛氏のツイッター
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民主党の鈴木寛氏のツイッター
 鈴木陣営の厳しい状況が明らかになった終盤になると、筆者のフェイスブックやツイッターのタイムラインに鈴木氏を支持する書き込みが相次いだ。その多くが、山本氏と対比して鈴木氏に投票を呼びかけるものだった。ただ、アジェンダが原発関連になると、方針があいまいな民主党は不利で、姿勢が明確な山本氏の主張が際立つことになる。 アメリカでは選挙でも相手候補へのネガティブキャンペーンが行われるが日本では比較広告もあまり行われない。候補者を批判的に書くことは支持者以外にネガティブな印象を持たれてしまったり、アピールすることが他にないと思われてしまったりして、支持の広がりを失いかねず、リスクが高い。にもかかわらず、鈴木氏の支援者たちはなぜこのような手法を用いてしまったのか。
 鈴木氏は「ネット選挙を解禁しなければ、ここまで苦労しなかっただろう」とツイートした。ネットのネガティブキャンペーンに揺さぶられていた様子がうかがえる。ソーシャルメディアでのやり取りはリアルタイムで、不確実な情報も一気に広がる。冷静な対応をしている間に選挙戦は終わるため、焦りも生む。選挙は冷静さを失わせる。ネット選挙が浸透するにつれて、ネガティブキャンペーンや不確実な情報への対応といった問題は大きくクローズアップされることになるだろう。

■ネットメディアができる事
 ネットメディアの取り組みの不十分さも指摘しておきたい。
 ニコニコ動画で実施した党首討論会の中継の視聴者も、去年の衆院選前が140万人だったのに対し、今回はわずか9万人だった。報道で目立ったのは、ツイッター分析やネット選挙の様子をくまなく追った新聞やテレビで、「ネット」というだけでは差別化できなくなってきている。
 安倍首相が投開票日に各テレビ局の後にネットメディアの対応を希望したように、政治側が興味をもっていただけにこれまでと変わらずプラットホーム的な動きに終始したのは残念だった。例えば、ハフィントンポスト日本版は、読者ターゲットを団塊ジュニア層に絞っているだけに、子育てや雇用問題などに候補者がどのような姿勢なのか取材するなどの企画を展開すると思ったが、記事が拡散気味だった。特定の読者を代表して政策を問うていくことで争点を浮かび上がらせることは、マスメディアのように幅広く読者を想定しているメディアには難しく、ネットメディアが取り組む余地がある。
 メディアによるアジェンダセッティングは、ネットでは「事実を報じろ」というマスコミ批判の文脈で扱われるが、選挙は政党や候補者の反応がないと意味がない。今回のように与党が争点化を避けた選挙戦を展開している場合は、メディア側が、焦点を絞った企画を仕掛けることで議論の起爆剤になる可能性がある。「選挙に行こう」といったキャンペーンにとどまらず、ネットユーザーが政治に関心を持たざるを得ないようなコンテンツを提供するのもネットメディアの役割になる。
藤代裕之(ふじしろ・ひろゆき)
ジャーナリスト・ブロガー。1973年徳島県生まれ、立教大学21世紀社会デザイン研究科修了。徳島新聞記者などを経て、ネット企業で新サービス立ち上げや研究開発支援を行う。法政大学社会学部准教授。2004年からブログ「ガ島通信」(http://d.hatena.ne.jp/gatonews/)を執筆、日本のアルファブロガーの1人として知られる。

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