2013年8月22日木曜日

急成長アマゾンに背を向けた佐川男子の勝算

http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK2502Z_V20C13A7000000/


 米アマゾン・ドット・コムの通販サイトを利用する読者のなかで、どれぐらいの人がすでに気づいているだろうか。爽やかな笑顔を売り物とする、佐川急便の配達員「佐川男子」が最近、アマゾンの荷物を届けなくなったことを。互いに手を携えて成長してきた両社の間に一体何があったのか……。
■爽やか配達員はどこに
 「いつもの佐川くんは、もう来なくなっちゃたのかなあ」
 東京・世田谷に住むキャリアウーマンの伊藤綾(仮名・32)はアマゾンのヘビーユーザー。書籍だけでなく、ビールや食品などあらゆるモノを買っている。便利という理由だけではない。「恥ずかしいけど、佐川男子が運びに来てくれるのも、ひそかな喜び」だからだ。
 佐川男子は佐川の配送ドライバーのこと。爽やかな青年の代名詞として女性たちの間で騒がれ、写真集まで発売されている。伊藤さんは重たいミネラル・ウオーターをわざわざ小分けにして注文するほどだった。
 ところが、ここ最近は格安料金で成長中の新興宅配サービス会社、エコ配(東京・港)の配達ばかり。友達に聞いてみても、「アマゾンに注文して、配達に佐川男子が来ることはなくなった」という。
 アマゾンが人気の理由は、大手小売りチェーンよりも割安な値段で販売することだけではない。無料配送や即日配送など宅配会社と二人三脚で磨き上げた配送サービスも売り物。配送の大半は、ヤマトホールディングスのヤマト運輸、SGホールディングス傘下の佐川が引き受けてきた。
 宅配便首位のヤマトの配送ドライバーは6万7000人、2位の佐川が3万人。佐川はヤマトとともにアマゾンの配送網を支える有力パートナーだった。
 「佐川男子が消えた」という話が本当なら、佐川が上客であるアマゾンを袖にしたのか。
 「注文客から『タバコの匂い』のクレームが重なり、アマゾン側が佐川の配送員たちに禁煙を求めたことがきっかけらしい」「拒否されることを覚悟で、佐川がアマゾンに配送単価の値上げを要求した」……。業界内では諸説が飛び交う。
 東京都心部の配送センターで働く27歳の佐川男子に聞いてみた。
 「個人向けの宅配が多い郊外の営業店では、アマゾンの配送作業が増えて、仕事に追われていたようです。大口顧客のアマゾンは荷動きの状況もチェックしているので、絶えず緊張を強いられていたかもしれない。ただし、それも僕らの大事なお客さんのためです」
 一生懸命に話してくれたが、取引を辞めたかどうかは、彼の話では判然としない。2社の本社に尋ねると、佐川は「個別の取引なので、話せません」と言葉を濁す。アマゾン日本法人のアマゾンジャパン(東京・目黒)は「一切コメントできません」という。しかし、いずれも取引中止は否定しない。
■みんなが豊作貧乏
 それならば、と、物流他社の幹部に聞くと、こう解説してくれた。
佐川急便の配送ドライバーを指す「佐川男子」という言葉は流行語になった(東京都内で)
佐川急便の配送ドライバーを指す「佐川男子」という言葉は流行語になった(東京都内で)
 「この業界で今春からアマゾンと佐川の取引がなくなった、ということはみんな知っている。公然の秘密だよ。佐川さんは結局、激増する配達件数とアマゾンからの単価引き下げのプレッシャーに耐えきれなくなったのではないだろうか」
 佐川は非上場会社で、アマゾンも取引条件を公開していない。両社の取引は把握しづらいが、ネット通販にまつわる宅配便ビジネスの数字は、宅配会社の窮状を物語る。
 ヤマト運輸の場合、2013年1~3月期の宅配便の取扱量は実質7~8%伸びたが、アマゾンを中心とする大口顧客の単価は2%近く下落した。佐川も、平均単価は5年前に530円近くあったが、今は460円。ヤマトにしろ、佐川にしろ、宅配便ビジネスは「豊作貧乏」の構図にどっぷりつかっているのだ。
 3月末、東京・大手町。公の場にめったに出てこないSGホールディングス会長兼社長の栗和田栄一は久々にマスコミの前に姿を現した。そこで説明した中期経営計画は威勢の良い話ばかりではなかった。
 「国内の宅配便事業には、もう頼れない。我々は変わらなくてはならない」
 中計の目玉は2600億円にのぼる設備投資計画だったが、その大半は海外企業のM&A(合併・買収)に振り向ける。国内では、利益が上がらない宅配便のシェアを追うことはやめ、企業の物流に経営資源を集中するという。
 業界最大手のヤマトに「追いつけ、追い越せ」で迫るモーレツぶりはすっかり影を潜めていた。

 アマゾンの利用者が享受する便利さと値ごろ感。その代償が徹底した合理化要求となって、佐川を追い詰めたのかもしれない。そして、佐川も利幅の薄いアマゾンとの関係に見切りをつけ、海外を含めた企業物流にシフトすると決めたのではないか。そう考えると、栗和田の言葉は理解しやすい。
■アマゾン経済圏の猛威
 「電子書籍端末の『キンドル』やコンテンツ配信が高い評価を得ている」。4~6月期の決算発表で米マイクロソフトや米アップルなど先輩企業が元気をなくすなか、アマゾンの最高経営責任者(CEO)、ジェフ・ベゾスは意気揚々だった。
 アマゾンの米国本社が7月25日に発表した4~6月期決算は最終損益が赤字だったものの、前年同期比22%の増収を確保。そもそも、「薄利多売」が持ち味で、情報システムや物流センターなどへの投資を惜しまないアマゾンが時折、赤字に陥ることはウォール街では常識だ。1994年の創業からもうすぐ20年というのに、今も2ケタ増収という異常な成長ペースを保っている。
 日本でも、この10年あまりで取扱高が楽天の年1兆3000億円をゆうに超えるとされるまでに成長。ネット通販ビジネスで国内トップの座にたったという見方もあり、国内の流通業界での存在感は高まった。アマゾンに背を向けた佐川とは違って、「アマゾン経済圏」の拡大に乗っかろう、という物流企業もある。
 「アマゾンとの取引は薄利だけども、ついていかないと我々も成長できない。コスト削減の要求がシビアなアマゾンは、徹底したカイゼンを続けるトヨタ自動車にどこか似ているところもある。だから、我々は期待しているんだ」。この会社の幹部は、複雑な思いを吐露する。
ネット上の最安価格にポイント上乗せや値引きなどで対応する(東京都豊島区のヤマダ電機LABI1日本総本店池袋)
ネット上の最安価格にポイント上乗せや値引きなどで対応する(東京都豊島区のヤマダ電機LABI1日本総本店池袋)
 今は大変でも、いつかは一緒に成長できる――。そんな夢をアマゾンは取引先などに抱かせる。実際、それだけの成長力を見せ続けてもいるが、むしろ、日本国内で目立ってきたのは、アマゾンの猛威にさらされるケースだ。
 「ヤマダは他社のインターネット価格にも対応で安い! 他店より高い商品がございましたら、ご遠慮なく販売員にお申し付けください」
 家電量販店最大手のヤマダ電機は今年1月から、チラシや店頭掲示物でこんなアピールを繰り返している。来店客がネット通販価格を提示し、ヤマダの店頭価格の方が高ければ、ポイント付与などで実質的に対抗値引きするわけだ。
 比較の対象は、メーカーと正規に取引しているヨドバシカメラなどライバル各社のネット通販。なかでも、創業社長の山田昇が意識した相手は、アマゾンだった。

 「毎年、アマゾンが伸びている中で、明らかに需要が食われているからね。お客様が店頭に来て、ネットの価格を言うわけですから。全部拒否したら、ぜんぶ持って行かれてしまう。そうすると対応せざるを得ない」
 アマゾンの日本進出は2000年。アマゾン経済圏が揺るがせたビジネスは、家電量販だけではない。書籍販売の世界はすでに一変した。ネットの台頭や出版不況があったにせよ、書店数は減少の一途。日本印刷技術協会が発行する「印刷白書2012」によると、2012年の全国の書店数は、01年に比べて3割少ない1万4000店に減った。書店の開店数と閉店数はこの10年あまり、閉店数が上回り続けている。
 一方、アマゾン内部にも急成長ゆえのひずみが垣間見える。
■ついてくべきか、決別か
東京ドーム1.3個分という巨大物流センターは品物の棚、棚、棚……(千葉県市川市の「アマゾン市川フルフィルメントセンター」で)
東京ドーム1.3個分という巨大物流センターは品物の棚、棚、棚……(千葉県市川市の「アマゾン市川フルフィルメントセンター」で)
 東京ディズニーランドに近い東京ベイエリアの一角。千葉県市川市の港湾地域に、灰色の巨艦のような「アマゾン市川フルフィルメントセンター」がそびえたつ。広さが東京ドーム1.3個分という巨大な物流施設だ。
 内部に入ってみると、その大きさに圧倒される。吹き抜けのように天井が高く、学校の校庭のような広い空間に並ぶ棚、棚、棚――。書籍はもちろん、古いレコードからジュース、おもちゃなどアマゾンが扱うあらゆる商品が置いてある。品数は、数え切れない。
 作業員たちは棚の間を縫うように搬送用カートを引き、静かに行き来する。彼らは20代の若者から50代の中年女性まで年齢層は様々。ここで働いていた中年女性の1人は、「広大な空間で長時間走り回るのはとても苦痛だった」と振り返る。
 システムで注文票を確認した後、携帯端末で商品のバーコードを読み取り、ピッキングを黙々と続ける日々。フロアで笑い声が聞こえれば、管理者が「何事か」と飛んでくる。作業中は一息つく間もなく、「アマゾンに対して愛着を感じる人はいなかったし、辞める人も多かった」という。
 1人当たりの仕事量を情報システムで測り、作業員の生産性を高めようとするアマゾン。企業なら追い求めて当然の「徹底的な合理性」と「冷たさ」は紙一重だ。一方で、働く人たちに「あまりに窮屈」と受け止められれば、長続きするものではない。

ピカピカの成長物語に陰りが見えてきたアップル。生産委託先の中国工場でのあまりに厳しい労働実態が伝えられ、叩かれたこともケチのつき始めだった。それ以降、中国では、何かにつけてアップルが批判される。アマゾンも、「レピュテーション(風評)リスク」を抱えている。
■中抜きの恐怖
アマゾンCEOのベゾス氏とキンドル。事業領域はどんどん広がっている
アマゾンCEOのベゾス氏とキンドル。事業領域はどんどん広がっている
 アマゾンは創業来、徹底した合理化や規模の拡大を追ってきたが、今は従来路線の追求だけでは限界にぶち当たることは自覚しているのだろう。初めての自社ハードである電子書籍端末のキンドルを2007年に発売。今やキンドルはタブレット(多機能携帯端末)となった。「電子書店の先駆け」「ネット小売り最大手」といったアマゾンを指す枕ことばを自ら過去のものに変えてきた。
 「ドミノ・プロジェクト」――。アマゾンは2年前から、こんな呼び名の出版サービスをスタートさせた。最終ゴールは、アマゾン自身が出版社の顔を持つことだ。
 このプロジェクトでは、紙の本はもちろん、キンドル向けの電子書籍や音声読み上げのオーディオ形式の書籍なども同時に刊行する。書籍の内容は独自に企画し、既存の出版社を通さない。今までに9冊以上の書籍を刊行した。
 アマゾンは米国の老舗出版社も次々と買収。ベゾス自身は、米国を代表する有力紙ワシントン・ポストの買収を決めた。
 「電子書籍の世界で必要なのは、著者と読者だけ。後は全て中間業者だ。付加価値を提供し続けなければ存在意義はない。すべては顧客が決めることだ」
 アマゾンのベゾスは創業来ずっと、こんな哲学を繰り返し訴えてきた。ここにきて、ネット小売りにとどまらず、ハードやコンテンツなど新しい事業領域に猛スピードで手を広げているが、こんな不安を抱えているのではないだろうか。
 いつ中抜きされてもおかしくない――。
 追い詰められているのは、佐川男子やヤマダばかりではない。世界を席巻するアマゾンも、気の休まる暇はないのだ。
=敬称略
(高橋里奈、小林宏行、玉置亮太)

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