世界中の人が買う大量の服を、どう個性的に着こなせばよいか。ユニクロはヒートテックやフリースなどの可能性を探る「ライフウエア」プロジェクトを立ち上げ、新しい着こなしの提案に力を入れ始めた。機能性や価格が注目されがちな同社の服も、需要が世界に広がる中、新たな見せ方が必要になっている。2011年にデザインディレクターに就任したデザイナー、滝沢直己氏に大量生産する服のデザイン哲学を聞いた。
――ユニクロのデザインディレクターとこれまでの服づくりとの決定的な違いは何ですか。
「ユニクロの場合、ひとくくりの人ではなく、国籍も性別も違うあらゆる人が相手です。服作りの前提が生産数1000万枚になることがある。時には1億枚のためのデザインがどうあるべきかを考えなくてはならない。ケタが違う。面白いし、ものすごい挑戦です。ファッションを知っている人だけではなく、ファッションの情報をそれほど持っていない人たちにも『いいね』と楽しんでもらえるかどうか。デザインに求められる完成度や精度が相当高くないと達成できません」
――イッセイ・ミヤケなどモード界で活躍してきた。違和感はありませんか。
「ファッションは、こういう風に着て下さい。いわば『I offer you(これはどう)』。新しい美意識はこうですとか、こういう風に生活を変えたらどうですか、と提案するものです。でも、ユニクロでは『As you like(お気に召すまま)』。シンプルな商品だからお客さんそれぞれが着方を工夫できる。お客さんの内側に入っていって発想しないといけない」
「初めて柳井さん(柳井正ファーストリテイリング会長兼社長)と話をしたとき、『服を勉強してきたあなたのような人が、なぜもっと多くの人のためにデザインしようとしないのですか』といわれました。デザイナーとしての喜びとは何か。ファッションショーで自分のコンセプトを理解し、評価してもらうのはもちろんうれしい。ただ、その後に人が自分の服を着ているのを見て『使ってもらっている』と感じられるのが、もっとうれしいことなんですね。ユニクロでは作ったプロダクトが生活の中に大量に入り込んでいる。自分が役立っている、と実感します」
――どのようにデザインを進めていくのでしょう。
「ユニクロとしてのビジョン、売り場での並べ方や色もデザインの要素として加味します。そしてプライス(価格)がデザインの一部。ユニクロにおいてはプライスは結果ではありません。価格があり、このディテールを残すか残さないか決める。たとえばパーカーならば何が一番必要か、と足し算、引き算します。デザイナーがよかれと思ってあれこれ付け足すと、コストが上がる。パーカーの役割は雨風をしのげること。であれば、ジッパー、ポケット、下から風が上がってこないようにコード(ひも)をつける。それが最低限でしょう」
「そうやって突き詰めてできた服は、とにかくピュア(純粋)なんです。デザイナーが一生懸命工夫してデザインした服もかっこいいし、楽しく着てもらえるのですが、ユニクロは本質的なものを求めていくからどんどんそぎ落とされ、最後にシンプルなものとして残る。ピュアなものは美しいんですよ」
――引き算の美学ですか。
「そう。だからデザイナーは大変です。僕はディレクターとしてデザインの方向性を決める役割ですが、若いデザイナーたちに『答えを出すならリサーチしろ』といいます。デザインをリサーチし、マーケットをリサーチし、テクノロジーをリサーチする。襟の形について『なぜこの大きさなのか理由を話せ』と問いかけます。『いいと思ったから』ではだめ。世の中のどんな動きをとらえることができたのか。いま、ジャケットやネクタイはこう変化している、だからこの襟になった。そう説明できた上で、デザインに工夫をしたかどうかが大切です」
「イッセイ・ミヤケにいたときからデザインとはリサーチが70%だと考えてきました。30%は応用で、そこに人が楽しくなる要素を入れ込む。ユニクロならばもっとリサーチの比重が高くてもいい。たとえばヒートテックの下着の襟ぐり。どのくらいの深さだったら胸ボタンを2つ開けても見えないか。そういう点をリサーチし、理解できていないとだめです」
――ユニクロは日本のものづくりならではの発想でしょうか。
「ヒートテックで使っている繊維もそうですが、日本には機能的な素材を作る力があります。一方でソニーのウォークマンやトヨタのハイブリッドカーのように、世の中に存在しない、こんなものがあったらいいんじゃないか、というものを生み出す才能がある。2つが合わさって、ヒートテックなどが生まれる。それを便利だと感じた世界中の人が買ってくれ、数がどんどん増えて1億枚のプロダクトに成長するのです」
「柳井さんがパンストを例に挙げて『服が人の生活を変える』と話してくれましたが、とても影響を受けました。ユニクロのプロダクトにも機能と工夫が集約されています。ヒートテックは冬場の厚着から人々を解放しました。テニスプレーヤーの錦織圭さん、ジョコビッチさんらも機能性下着『エアリズム』を着用しているそうです。試合中に体温調整がしやすいという。すでに結果が出ています」
――では消費者の意識はどう変わってきましたか。
「身体への意識が明らかに変わったことで、ファッションの意味が変わってきていると思う。もはやファッションはステータスではなく、自分自身がステータスなのではないでしょうか」
「1980年代にメーンストリームを歩いてきたファッションですが、次第に香水、バッグ、靴や時計など周辺の『プロダクト』がステータスとなった。それが行き詰まると今度はエステティックサロンに行ったり、ジムに通ったりして、人々は身体をデザインし、創造する方向にシフトしてきた気がします。癒やしといった精神的なものを重視するのも身体に向いた同様の現象でしょう。こんな時代に、どんなファッションが生まれてくるのか。新しいカテゴリーのファッションが登場を待っているんじゃないか。それがライフウエアの考え方でもある。ライフウエアとはヒートテックやフリースといった12の『プロジェクト』でそれぞれのデザインや機能性を追求し、最適な着こなしまで提案するものです。服を自分の生活にどう合わせていくかということがテーマなのです」
――しかし大量に売れるユニクロの場合、同じ服を着ている人が極めて多い。消費者は抵抗がないのでしょうか。
「服の力は変わってきています。昔なら同じものを着るのは嫌だ、と思ったかもしれない。でも、いまは自分があるから同じ服でも違いを出して着こなせる。ユニクロの服は一種の『要素』。最先端のモード的な服にも合わせられます。ただ、だれもが着ている服だからこそデザイナーの存在が重要だと思っています。定番であっても、そこに時代を表す色、サイズ、フィット感があるかどうか、プロダクトがその時代においてフレッシュであるかどうかが重要なんです」
「ファッション情報があまりない人に、どうやって着るの? どうやって着たらかっこいいの? ということにこたえていくのも、今回始めたライフウエアのテーマの一つです。これがおすすめできます、というスタイリングをホームページで提案していきます。アプリのようにわかりやすいアイコンをつけて、お客さんとのコミュニケーションも変えていきます」
――今後作ってみたいアイテムは。
「ジャケットです。今もありますが研究途上です。イタリアのクラシコでもないし、米国のキャリアっぽいジャケットでもない、ユニクロらしいもの。ライフウエアというコンセプトを踏まえた上で、こういうジャケットができた、というものに挑戦したい。ヒートテックやレギンスパンツを身につけた時に感じるような、着たとたんに『なんか軽い』『なんか楽だね』と感じられるジャケットが出てこないといけないと思っています」
(聞き手は女性面副編集長 松本和佳)
滝沢直己氏(たきざわ・なおき) 1960年東京生まれ。82年三宅デザイン事務所入社、93年ISSEY MIYAKE MEN、99年ISSEY MIYAKE(Men's & Women's)のデザイナー。三陽商会の「SANYO」ブランドリニューアル、「ヘルムートラング」メンズラインのクリエイティブディレクターなどを経て2011年、ユニクロのデザインディレクターに。
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