2013年9月12日木曜日

次世代iPhone発表、「次の10億人」争奪戦へ号砲



NTTドコモ参入が暗示するもの

米アップルにとってもNTTドコモが「iPhone」を取り扱うことは特別なことだったようだ。
 「今回初めて、発売段階から中国でも最新のiPhoneが購入できるようになった。日本ではソフトバンクとKDDIに加え、NTTドコモでも取り扱いが始まる」
 米アップルが9月10日(米国時間)に開いた人気スマートフォンの最新機種「iPhone 5s」と廉価版「iPhone 5c」の発表会。米アップルのフィル・シラー上級副社長は1時間半に及んだプレゼンの終盤にこう切り出し、ドコモがiPhoneの販売に参入することをようやく言明した。
 アップルの発表会では、プレゼンの最後に新製品を取り扱う携帯電話事業者を一覧表で淡々と紹介するのが慣わしで、今回のように、特定の携帯電話事業者を名指しするのは異例。発表会の終了直後に自社ホームページに「ドコモとアップル、9月20日のiPhone提供開始に向けチームを形成」と題するプレスリリースを掲載したのも、これまでのアップルでは考えられなかった「特別待遇」と言えるものだ。

アップル、中国の失速に危機感

 裏を返せば、アップルの危機感がそれだけ深いということ。同社の決算発表資料によると、2013年4~6月期の売上高は353億2300万ドル(約3兆5000億円)と前年同期に比べ1%の増加にとどまった。特に中国地域における売上高が同14%減少するなど、スマートフォンの普及が本格化している新興国での不振が目立つ。
アップルの地域別売上高の対前年増減率
中国での失速と、日本での好調ぶりが目立つ
 実は世界の主要国で、最大手の携帯電話事業者がiPhoneを扱っていないのは、日本と中国くらい。約6200万人の契約者を抱えるドコモは、アップルにとって残された数少ない “フロンティア”だったのだ。
 記者会見では言及がなかったものの、アップルは中国の携帯電話最大手、中国移動(チャイナモバイル)ともiPhoneの取り扱い開始に向けた詰めの協議を進めていると報じられている。記者会見であえて最新のiPhoneを発売段階から中国市場に投入することを強調することで、7億人の顧客基盤を抱える世界最大の携帯電話事業者への配慮をにじませた。
 これまで主戦場だった米国や欧州での販売が頭打ちとなる一方で、新興国では格安スマートフォンの台頭に押され、従来のような“神通力”が通用しない――。大幅な販売の上積みが見込めるドコモを特別待遇で迎えた背景には、アップル側のこうした事情が存在する。時に「傲慢」とも言われてきたアップルが圧倒的な販売力を持つ携帯電話事業者に恭順の意を示したという意味で、この日の記者会見はモバイルの世界における主導権争いに異変が起きつつあることを示すものだ。

 新製品のスペックについての説明は、事前にインターネットメディアなどに流れていたリーク情報をほぼなぞる内容となった。アップルの新たな商品戦略として注目を集めたiPhone 5cは外装部品の素材をプラスチックに変更して価格を抑えた廉価版。グリーン、ホワイト、ブルー、レッド、イエローの5色を取りそろえた。2年契約の前提で16Gバイトのモデルが99ドル、32Gバイトのモデル199ドルとなる。
 一方、iPhone 5sはシルバー、ゴールド、スペースグレイの3色。64ビット対応プロセッサー「A7」を搭載し、従来よりも動きが高速化したのが特徴だ。新たに指紋認証機能「Touch ID」を搭載し、従来のパスコード入力を不要にした。アップルが提供するアプリ販売ストア「App Store(アップストア)」や音楽配信ストア「iTunes Store(アイチューンズストア)」での認証時にも利用できる。16Gバイトのモデルが199ドル、32Gバイトのモデルが299ドル、64Gバイトのモデルが399ドルとなる。
 ドコモによる予約受付の開始は9月13日。iPhone 5cについてはドコモの会員制プログラム「ドコモプレミアムクラブ」の「プレミアムステージ」(10年以上利用しているか、もしくは年間平均で毎月の利用料金が2万900円以上)の契約者の先行3万人に対して優先的に予約を受けつける。ドコモは約2400店舗の公式販売店「ドコモショップ」を持つが、発売日となる9月20日時点では「千数百店舗でのみ販売する」(ドコモ広報部)。

「spモード」は間に合わず

 アップルによる正式発表の数日前からリーク情報がメディアを賑わせ、ドコモによるiPhoneの取り扱いが既成事実となる中、9月10日の記者会見で注目を集めたのは、その販売条件だ。
 実はアップルとの交渉においてドコモの関係者が特に意識していたのは、並行して進められていたアップルと中国移動との協議内容だったと言われる。これまでアップルの要求に従い続けてきた聞き分けの良い携帯電話事業者と違って、中国移動には世界最大の携帯電話事業者としての高い自尊心がある。NTTドコモの首脳陣はアップルが中国移動に対してどこまで譲歩するかを参考にしながら、自らの交渉態度を決めようとしていたフシがある。
 結果はドコモの首脳陣にとって満足の行くものになったはずだ。9月20日の発売には間に合わない可能性が高いものの、ドコモから発売されるiPhoneについては、同社が提供するメールサービスや決済サービスをスマートフォンで利用可能にする「spモード」に対応する見通し。サービスが始まる10月以降であれば、既存のドコモ契約者は従来のメールアドレスも利用可能だ。

「次の10億人」に照準

 アップルが新型iPhoneの発表会で見せた携帯電話事業者への「恭順」と、廉価版の投入という「変質」。その大きな要因となったスマートフォン市場の成熟化というトレンドは、今年9月に入って相次ぎ発表された欧米における大型再編にも通じるものがある。
 
 9月2日に米通信大手ベライゾン・コミュニケーションズが携帯電話合弁子会社ベライゾン・ワイヤレスの株式の45%を合弁相手の英ボーダフォンから買い取ることで合意したニュースは、先進国においてスマートフォンの時代がピークを迎えたことを象徴する出来事だ。
 両社が発表した買収額から逆算すると、ベライゾン・ワイヤレスの評価額は約2900億ドル(約29兆円)に達する。これは持ち株会社であるベライゾン・コミュニケーションズの時価総額(9月9日時点で1313億ドル)を大きく上回るばかりか、グーグルの時価総額(同 2957億ドル)にさえ匹敵する。
 ボーダフォンにしてみれば、スマートフォンの普及率が過半数を突破した米国の携帯電話事業者にマイナー出資を続けるよりも、本来の地盤である欧州に資金を振り向けるほうが、持続的な成長に貢献するとの判断に至ったもようだ。ベライゾン・ワイヤレス株の売却によって手にする1300億ドル(13兆円)の資金の一部は、今後も高い成長率が見込めるアフリカなど新興国でのM&A(企業の合併・買収)に活用されると見込まれている。

 翌日の9月3日に米マイクロソフト(MS)が総額54億4000万ユーロ(約7200億円)でフィンランド・ノキアの携帯電話事業を買収すると発表したのも、同じ文脈から読み解くことができる。
 スマートフォンに限るとノキアの世界シェアはトップ5にも入らないが、インドやアフリカを中心とする新興国では今なお「NOKIA」ブランドの人気は根強く、携帯電話市場全体では今もサムスンに注ぐ2番目のシェアを持つ。MSのスティーブ・バルマーCEOはこうしたノキアの資産を活用し、新興国を基点にモバイル分野での存在感を取り戻す考えを示している。
米マイクロソフトへの実質的な身売りを決断したノキアのスティーブン・エロップCEO
 今年2月下旬、スペインのバルセロナで開かれた携帯電話の見本市「モバイル・ワールド・コングレス(MWC)2013」でのこと。「Connecting the next billion to the internet(インターネットにつながる次の10億人)」と題するパネル討論会に登場したインドの携帯電話事業者バーティ・エアテルの幹部が「端末メーカーの今後の役割は30ドルのスマートフォンを作ることだ」と水を向けると、その直後に登壇したノキアのスティーブン・エロップCEOは「低価格スマートフォンの取り組みには自信がある」と応じ、簡単なインターネットサービスが使える15ユーロ(約1800円)の携帯電話を紹介してみせた。
アフリカ各地ではすでにスマートフォン各社の競争が熱を帯びている(写真はエチオピアの首都、アディスアベバの電気街
 エロップCEOの話すとおり、次の10億人をモバイルインターネットの世界に取り込む上で必要条件となるのは、圧倒的な低価格を実現すること。ただ、そうした競争環境下で収益を確保できるビジネスモデルを示せたプレーヤーは今のところ存在しない。
 発表前から噂の耐えなかった廉価版のiPhone 5cについて、中国の有力スマートフォンメーカーからは「同じブランドが2つの異なる価格帯で両立できるのか疑問」との皮肉も聞かれていた。最後のフロンティアで生き残るのはアップルかMS・ノキア連合か、あるいは全く別のプレーヤーとなるのか。各社横一線の新たな闘いの火ぶたが切って落とされた。


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