2013年3月11日月曜日

「ビジョンのない感じ」は確実にお客さんに伝わる 電通CDC 樋口景一氏 第1回




「ビジョンのない感じ」は確実にお客さんに伝わる

電通CDC 樋口景一氏 第1回

 広告のビジネスモデルが、企業の「課題解決」を目指して、限りなくコンサルタントに近づいています。ならば、コンサルに任せればいいのでしょうか? 電通CDCの樋口さんは否と唱えます。樋口さんは今、企業の広告だけでなく企業活動、商品開発などにも深く関わっています。コンサルとCDCの違いって何なのでしょうか。
樋口景一(ひぐち・けいいち)
電通CDCコミュニケーションデザイン・ディレクター/シニア・プランニング・ディレクター
1970年福岡生まれ。94年東京大学卒業、同年、電通に入社。IMCプランニングセンターを経て 2008年より現職。国内および海外において広告キャンペーンのディレクション、商品開発、コンテンツプロデュース、メディア企画開発を手掛ける。主な仕事にユニクロ「Tokyo Fashion Map」、グーグル/ユーチューブ「東日本営業中」、JR九州「祝!九州」、NHK「知らないって、ワクワク」など。カンヌ国際広告賞金賞、ロンドン国際広告賞金賞、アドフェスト銀賞、スパイクス銀賞、One Show銅賞など国内外の受賞多数。2008年より武蔵野美術大学非常勤講師。2011年クリオ賞インタラクティブ部門審査員、同年カンヌ国際広告賞メディア部門審査員、2013年NYフェスティバル審査員。著書に『発想の技術』(電通選書)。(写真:中村 治、以下同)
電通コミュニケーション・デザイン・センター(CDC)の中で樋口さんの肩書きは、「コミュニケーションデザイン・ディレクター」。よく見る「CD」という略称でも、「クリエイティブ・ディレクター」とは違うんですね。
樋口:最初からこういうことを言うのはどうかな、と思うんですが(笑)、僕は広告をやっている意識がほぼ、ないんです。
電通勤務、コミュニケーション・デザイン・センター所属で、広告をやっていない、とは?
樋口:先日、ある講演で「『広告』の未来について語ってください」とお題を渡されたのですが、「すみません、それに関してはわかりません」ということで、語れなくって(笑)。
樋口さんが今、おっしゃっている「広告」とは、テレビなどマスメディアを使う、いわゆる従来型の「広告」のことですか?
樋口:狭義の「広告」のことですね。
狭義の「広告」と、樋口さんが今、担当している「広告」は、どこが違うのでしょうか。

宣伝部か、経営層か

樋口:最初に象徴的な状況をお話ししますと、従来、広告会社というものは、基本的に企業の宣伝部とやり取りをさせていただいてきたわけです。
 ですが僕が今、接しているクライアントの方々は、企業の経営層の方々です。そこで話し合われているのは、今後、その企業がどうあるべきか、展開中の事業や商品がどうあるべきか、といったことです。「広告」をどう作るかではなく、広告する対象となるもの、つまり中身をどう作るかを考える作業が、僕の仕事の一番コアの部分です。
それで所属するチームも「ストラテジー・ベースのクリエーティブチーム」となるんですね。
樋口:ややこしいんですが(笑)。僕の仕事のベースにあるのは、経営戦略を作る、事業戦略を作る、商品を作る、サービスを作るといった部分なんです。もちろんそれを広告するときのキャンペーン全体のディレクションも行います。
ということは、要するに「コンサルティング」でしょうか。
樋口:近い部分もありますが、ただ、そこにも差異があります。
 たとえば、いわゆるコンサルティング・ファームとCDCの違いは二点あります。
 コンサルティング・ファームのビジネスを、ごく簡単に言いますと、それは「欠点を指摘する」というモデルなんです。ある会社における現況の欠点を指摘して、「ここの部分を直しましょう」と対症療法を示す。コンサルティング・ビジネス=ソリューション・ビジネスと言われる理由がそこにあります。
 でもCDCは、ソリューションとは対症療法のことではない、と考えているんです。
だとしたら、何になるのでしょう。

 

樋口:「今後、何を世の中に問うていくのか」ということをきちんと考え、企業の思考にセットすることではないかな、と考えています。
欠点を高度に分析することで、クライアント企業の成長が担保されるか、ということに関しては、確かに異論があります。当のクライアント企業に、その分析を受け止めて、かつ、改善につなげる力がないと、話になりませんよね。
樋口:事業を縮小させながら、どう効率よく経営の舵取りをするか、ということに対する方法論は、コンサルティング・ファームが得意とするところだと思うんです。でも僕らは、効率的経営の先に、企業がどんな未来を提示していくのか、というところまでセットしないと、成長戦略は描けないと考えているんですね。その問題設定の仕方が、CDCとコンサルとの第一の違いではないかと思います。
もう一つの違いは何でしょうか。
樋口:そのもう一つが重要で、僕らであれば最終的なアウトプットまで、きちんと面倒が見られる、ということです。「ここが足りないから、改善しましょう」という指摘だけではなく、そこから具体的な方法論に落として、どういうコンテンツを、どういうコミュニケーションで世の中に伝えていけばいいかまで、一貫して考え、実施することができます。
なるほど。では、樋口さんがおっしゃる「コンテンツ」とは何のことでしょう?
樋口:いわゆるマスメディアの「コンテンツ」やウェブ上の「コンテンツ」だけでなく、商品やサービスにいたる全般のことを指します。それはメーカーの新製品の場合もあるし、メディアの中の番組だったり記事だったりする場合もある。建築や、映画、雑誌を作ることもあるし、アーティストをプロデュースすることもある…と、本当にさまざまなんです。
 もちろん業態としては広告業界にいるわけですから、案件が最終的に「広告」に落ちることは重要です。ですから、そこにいたるまでの、さまざまな領域におけるコンサルティング、ビジョンメーキング、商品やサービスのアウトプットまで全般を考える、ということですね。
樋口さんは何年のご入社なんですか。
樋口:1994年です。

中国で商社マンのような仕事に放り込まれて

広告表現がすごく元気だった80年代の後ですね。80年代の広告業界には、今、うかがったような概念はあまりなかったと思うんですが。
樋口:そもそも僕は、入社してすぐに海外担当ということで海外と国内を行ったり来たりでしたので、国内の広告のことをよく知らないということがありまして。
海外はどちらだったんですか?
樋口:入社2年目で最初に仕事をしたのは中国です。当時は日本企業が中国に進出する第1期目ぐらいでした。まだビジネスのスキームが、まったく見えない時期でしたが、電通はすごく乱暴な会社なので、「とにかく行け。行って、何かを成功させるまで帰ってくるな」と、背中を押されて(笑)。
まず行くこと自体が任務だという(笑)。
樋口:そのときは、日本のある総合ITメーカーが、中国でビジネスを成功させるにはどうしたらいいか、というミッションがありましたが。
樋口さんはどうされたんですか?
樋口:いや、何も知らないし、何もできないわけです(笑)。それで北京や上海の有力者といわれる方のところへ行って、「流通ルートは、どういうふうに作ったらいいのでしょうか」というような話から始めて。
電通マンというより、商社マンのようですね。
樋口:そういう意味では商社的な役割も担いつつ、コンサルティングの役割も負いつつ、結果、広告を作って、イベントをし、展示会もして、と全部やっていました(笑)。

樋口さんの最初のご所属はどこだったのですか。
樋口:僕はマーケティング局だったんです。
新入社員をいきなり海外担当にする、というのは、マーケティング局では普通のことだったんですか。
樋口:マーケティング局は、とにかく「現場で揉まれろ」方式でした。僕は中国で、だまされることばっかりで、だまされながら覚えていく、ということをやっていましたね(笑)。
どんな風にだまされたのでしょう?
樋口:もういっぱいあります。「このタレントは視聴率80%のテレビ番組の主役だから、絶対にヒットする」って、タレントを売り込んでくるんですよ。でも、ちょっと考えたって、視聴率80%なんて、あるわけがないじゃないですか。
放送史上ないですよね。
樋口:歴史上ない(笑)。でも、中国はまだ資本主義の黎明期だったというか、まだまだ共産主義のまっただ中だったので、その辺の感覚がないまま、かわいいウソをいっぱい並べてくるという。
悪気はない、と。
樋口:悪気はないんです。まあ、その視聴率は、実際に調べたら2.4%でしたけどね。
どこをどうやったら80%になるのか…。
樋口:「オレはこの仕事ができる」と自信たっぷりなのに全然できない人や経歴詐称、そういう話はもう山のようにありましたし、いかに中間でお金を抜くか、といったことを持ちかけてくる人も枚挙にいとまがありませんでした。「お前のためにトンネル会社を作ってやろうか」ってセリフは何度聞いたことか(笑)。まあ、ビジネスがまだ成り立ってないころでしたので。

日本流のプロダクトアウトは中国では通用しない

その中国で、売るための仕組み作りを一から手がけられたんですね。
樋口:その意味で、一つの商品や製品ができる前から取り組んだ、ということが、今となっては非常に大きかったと思います。
 と言いますのは、日本企業は昔の成功体験で、日本発の技術力の高い商品を、そのまま海外の市場に持っていけば売れる、といった錯覚にとらわれがちなんです。
マーケティング用語でいうところの「プロダクトアウト」の手法ですね。まず製品ありきという。
樋口:でも、それは当時からほぼ通用しませんでした。
 当時の中国は、未来の有望市場ということですごく大きい存在で、そこからベトナムやインドネシアといったアジアの新興国や、ブラジルやペルーといった南米の新興国という市場に、注目と可能性が広がっていった時期でした。そういう新興市場をターゲットにするとき、たとえば韓国企業は、ファストファッションのやり方を、すべての業態の商品に適用して、商品を作るまでのスパンをかなり短くしていました。その、圧倒的なスピード感の前に、従来型の日本式を持ってきても、太刀打ちはできませんよね。
ああ(涙)。
樋口:僕がずっと考えているのは、なぜ日本にスティーブ・ジョブズが生まれなかったのだろうか、という問いなんです。iPodにしても、iPhoneにしても、日本のメーカーの技術者の方が「あんなの技術的に簡単じゃん」「自分たちの方が先にやれたよ」とおっしゃるのを聞いたことが何度かあります。
でも、やれなかった。
樋口:そう、だから技術の問題ではないんです。対して、ジョブズが率いたアップルという会社には、世の中に対して、「自分たちはどんな未来を作るのか」ということを、しっかり自分の言葉で伝えられる人たちがいたわけですよね。

樋口:そのために何が必要なのか、という出発点からプロダクトを作っていき、自分の持っているビジョンと商品と、それが提供するライフスタイルというものすべてに、一気通貫した哲学があった。
 だからこそ、ジョブズのプレゼンテーションには、みんなが感動したし、アップルが変えようとしているものに対して、世界中がワクワクした。
確かにそこには「次の何か」への希望がありました。
樋口:かたや、プロダクトアウトの手法には、「これで社会を変えてやろう」という思いが本当に少ないと、僕は思っているんです。そして、そのビジョンのない感じは消費者に伝わるんです。
 たとえばテレビの画面が大きくなったというときに、大きくなることで何を変えようとしているのか、というメッセージのベースがないまま、広告で人気タレントを使って、「大きくなったんです」とい言ったって、人々はもう反応はしないわけです。
 本当に画面を大きくしようと思ったら、大きくすることでどんな未来が開けるかというビジョンを、企業は明確に持つべきですし、ビジョンとプロダクトはセットであるべきなんです。
日本の企業は内的な変化が苦手ですが、でも、樋口さんと接するクライアントは、少なくともそういう問題には気付いているということですよね。
樋口:そうですね。企業の経営者とは、いろいろな事業部から生まれてくる商品に対して、承認する役目の人では、もはやありません。未来に対する明確なビジョンを持った上で、それをどのように自社の商品に落とし込み、世の中に広めていくかを判断する人のことです。その意味で、ハードのデザインだけじゃなく、コミュニケーションのデザイン全体に関わる経営者が、日本にも登場しています。そのことは大きいです。
そうでない経営者がいる企業は、新興国の勢いに囲まれた中で、どうやって盛り返していけばいいんでしょうか。
樋口:そこなんですが、クライアント企業が、「課題はすごく明確で、その中でこれを解決したいんです」と言ってくることは、もうないんです。
もうない…。

クライアントも我々も「もやもや」の中にいる

樋口:本当にないです。経営者や事業トップの方と話をしても、問題が複雑にからみあっているので、もやもやもやもや、しています。単純に企業の問題だけでなく、経済的、社会的な問題とからみあった構造的なことだったりもするので、本当につかみづらい状態です。その中で、「もしかして、こういうところに課題があるんじゃないですか」と、手探りしていくところから、僕も仕事を始めています。
一緒にもやもやしているんですか。
樋口:そうですね。でも、そうすると解決策の可能性はいくつも出てきちゃうんです。それはマス広告かもしれないし、ウェブ広告かもしれないし、新しいサービスを立ち上げることかもしれないし、店舗を作ることかもしれない…と、アイディアが多岐に分散してしまって。ある部署が、あることをすれば、すっぱり解決します、というケースは本当になくなっています。
たとえば、テレビで広告を打てばそれだけでモノが売れて解決、という時代ではなくなっている。
樋口:それほどシンプルではなくなっています。その意味で、通常の「広告」制作の作業をやっているセクションで受け切れない仕事というものが発生しているんです。それに対して、広告か、広告でないかという定義はとりあえず別にして、「解決策」を導いていくということが必要になります。そのためにCDCという組織が社内でも必要になったんですね。
でも日本の企業には前提として、新興国にはない技術力があるんですよね。
樋口:それはその通りです。
だから、やりようはある。なのに元気がない、自信がなくなっているというのは、現在の日本の大きな誤謬です。それへの対応策ってあるのでしょうか。
樋口:それには事業部長のような、現場を知り、かつ経営にも関与する立場の方々と、どうやって戦略を立て直していくかを考えることが大事で、そのために3年、5年という中長期のお付き合いをしていくことになります。電通CDCは、その「中長期でお付き合いする」というところが、世界の広告会社のビジネスモデルの中でも、ちょっと特殊だと思いますね。
3年、5年のスパンの効用とは?
樋口:3年後、5年後の姿をちゃんと描くには信頼関係が必要になります。その信頼に応えていけば、任せていただける部分も増えてきます。そういうところでしょうか。
日本は民間企業でも「年度単位」の意識が根強いですが、長い付き合いになることを、クライアント企業にはどうやって理解してもらうんですか。
樋口:そういう意味では、事業に対するプロフェッショナルは当然、クライアントなんですね。
そうですよね(笑)。

俯瞰できるプロとして

樋口:じゃあ僕らは何のプロフェッショナルかというと、「ものすごくたくさん、いろいろな事業を見ているプロ」ということなんです。
 どういうことかというと、車のことを考えるときに、車のことだけを考えていては、ブレイクスルーは絶対に生まれません。車のことを考えながら、ファッションのことを考えながら、ビールのことを考えながら、ほかのことを考えながらやっていって初めて、「ああ、このやり方と、このやり方と、このやり方は、こういうふうに組み合わせると、ものすごくブレイクできそうだ」となる。
 たとえば自動車メーカーと今後数年間における車の商品ラインナップの話をするとき、僕が今後数年間のファッションや、今後数年間の携帯電話事業について提案できる立場にあることは、実はものすごく大事なポイントだと思っています。
世の中の動きを俯瞰して見ているということですか。
樋口:あらゆる業界の、あらゆる戦い方を見てきているという経験は、どういうビジョンを世の中に提示すれば人が動くか、を深く知ることに通じます。「自動車が今後どうなっていくか」というテーマは、ほかの業態の動きもセットで考えていくべきで、車単体のマーケティングだけでは予測は立てられない時代になっています。
 それともう一つ、やはり、商品にどういうメッセージを込めるか。メッセージとは上辺の言葉ではなく、商品の魂というかそこにある思想というか、それこそ現場の技術者の気概も含めた上でのものなのですが、実はそういうことが一番大事なんです、とクライアントとはお話ししています。

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