2013年11月6日水曜日

アイディアの盗用は違法?適法? ソーシャルゲームの「パクリ」ブームを振り返る

http://www.sbbit.jp/article/cont1/27048?ref=131105bit


一昨年あたりから今年の前半まで、モバイル用のソーシャルゲーム市場においては、いわゆる「パクリ」が横行していた。あるゲームが流行すると、競合他社が似たようなゲームをリリースする、という状況である。特に、GREEの「釣り★スタ」とDeNAの「釣りゲータウン2」の紛争は最高裁まで争われたため、一般メディアなどで目にした方も多いのではないだろうか? こうした「パクリ」ブームは、「もう終わった」とも言われているが、今後もソーシャルゲーム以外の市場で繰り返されることが予想される。ソーシャルゲームの「パクリ」ブームを振り返り、また分析することで、今後のビジネスに役立つエッセンスを抽出していこう。
執筆:法務博士 河瀬 季

ソーシャルゲーム市場における「パクリ」ブームとその終焉

約2年前、「TOKYO GAME SHOW 2011」における、GREEの田中社長の「ある流行っているものがあったら、同じようなものを作りまくるべきだと思う」という発言が賛否両論を巻き起こした。GREEやDeNAが覇権を争ったモバイルのソーシャルゲーム市場では、あるメーカーがヒット作を出すと、他のメーカーがそれと同じようなゲームをリリースするという、この意味での「パクリ」が横行しており、田中発言は、そうした「パクリ」を良しとするものと受け取られたのだ。

 ソーシャルゲーム市場における「パクリ」問題は、その倫理的是非が議論されるのみならず、裁判上でも激しく争われた。代表的なのは、今年4月に決着した、GREEの「釣り★スタ」とDeNAの「釣りゲータウン2」の間の訴訟だ。GREEがDeNAを、「盗用である」旨主張して訴えたのだが、4月の最高裁決定により、GREEの敗訴が確定した。

 こうした訴訟で問題になったのは、「アイディアの盗用」に関する法的な限界点である。モバイルゲームに限らず、そもそもゲームやプログラムに限らず、あらゆる業種のビジネスマンにとって、「他人事」とは言い切れないものだ。

 GREEとDeNAの訴訟も決着した2013年、モバイルゲームの「パクリ」は、市場の縮小や寡占化により、既にブームが終わった、とする向きもある。そうした今だからこそ、ブームを振り返りながら、こうした「パクリ」に対して法律がどのように働くのか、一連の「ブーム」から今後に活かせる教訓は何か、検討していこう。

他社のアイディアを盗用することは違法なのか

 DeNAを提訴したGREEが真に主張したかったのは、「自社が先にリリースし成功を収めた、『SNS的機能を組み合わせたモバイル用の釣りゲーム』といったアイディアを盗用した同種ゲームをリリースするな」ということではないかと考えられる。本稿では、上述のような、抽象化されたゲームシステムの概要やビジネスモデルなどを「アイディア」と呼ぶ。

 モバイルゲーム以外の分野においても、競合他社が先行してリリースしたWebサービスやプログラム、ビジネスモデルなどを、自社でも開発・リリースできないか……と考えたことがある人は多いはずだ。そこで問題になっているのも、同様に「アイディアの盗用」である。

 では、ここでいう「アイディア」は、日本の「知的財産法」と呼ばれる各法律の中で、どのように保護されているのだろうか。

「アイディア」は著作権法の保護対象ではない

著作権法は、原則として「アイディア」を保護しない。著作権法が保護するのは具体的な「表現」であり、その背後にある「アイディア」は表現と区別され、著作権法の保護対象にはならない、と考えられている。

 例えば、具体的な表現であるゲームキャラクターの画像(マリオなどをイメージすれば良い)が登場するゲームを勝手に作ったら著作権侵害にあたる。しかし、「キャラクターをボタンでジャンプさせ、敵を踏んで倒しながらステージクリアを目指すアクションゲーム」は「アイディアの盗用」に過ぎず、著作権侵害にはあたらない。

photo
著作権法は「アイディア」と「表現」を区別した上で、後者のみを保護している

「アイディア」を保護する特許権・実用新案権

これに対して、特許権や実用新案権は、アイディアを保護する権利だ。特許権は「発明」を対象とする権利、実用新案権は「考案」を対象とする権利だが、この「発明」「考案」は、「アイディア」の中の一部だ。上で挙げた例を用いれば、「キャラクターをボタンでジャンプさせ、敵を踏んで倒しながらステージクリアを目指すアクションゲーム」は、「アイディア」であり、「発明」「考案」と言える可能性のあるものだ。

 しかし、あらゆる「アイディア」が「発明」「考案」と認められる訳ではない。また、特許権や実用新案権は出願を行い、登録を受けることで発生する。GREEも、釣りゲームのアイディアについて登録を行っていない──そもそもそれは「発明」「考案」でないと考えられるが──から、特許権や実用新案権を主張することは不可能だ。

リ」ブームを振り返る

著作権侵害の判断では「選択の幅」が問題になる

特許権や実用新案権に基づく主張は不可能で、著作権に基づく主張を行うしかない。しかし、著作権は「表現」をしか保護してくれない。そこで、アイディアを盗用されたと考える側は、「表現」の類似性を訴えることになる。「アイディア」が似ているのであれば、必然的に「表現」も似通ったものになるはずだ。ならば、「表現」の類似性を捉え、著作権侵害を主張すれば、事実上「アイディア」の盗用を攻撃できる。

 しかし、このような攻撃方法は、常には成功しない。「選択の幅」を問題にする理論と、いわゆる「マージ理論」が問題になるからだ。

 著作権は、完全なコピー(デッドコピー)だけでなく、ある程度似たものの生成をも禁じる権利だ。従って「どの程度似ていたらアウトか」という点が問題になるが、これは、「選択の幅」に依存すると考えられている。例えば、「→」という矢印をどのように描くかは選択の幅が狭いが、チューリップをどのように描くは選択の幅が広い。

 さまざまな表現が可能な、選択の幅が広いものであれば、ある程度似ているだけでアウトで、しかし、可能な表現が少ない、幅が狭いものであれば、「ほぼ同じ」という場合に限ってアウト、という具合だ。

 さらに進んで、非常に幅が狭い場合、「デッドコピーであっても、それを禁じてしまうと、事実上アイディアの独占を認めることになってしまう」という事態があり得る。「マージ理論」とは、選択の幅が非常に狭い場合には著作権による保護を行わない、というものだ(詳細は別記事「そのフリー素材は使っても大丈夫? フリー素材の利用や改変の可否」を参照頂きたい)。

選択の幅が
広い → 表現が多少似ているだけでアウト
狭い → 表現がほぼ同じな場合に限ってアウト
非常に狭い → 表現が完全に同じであってもセーフ

 従って、アイディアを盗用されたと考える側は、以下のような、少し不思議な主張が認められるよう願うことになる。

 「自社のアイディアは、選択の幅が広い。アイディアに対して、さまざまな表現があり得た。あり得たが、ライバル社は、わざわざ自社と同じような表現を行っている。従ってこれは著作権侵害である」

 アイディアを盗用されたと考える側は、おそらく本心としては、「アイディアを盗むな」と言いたいのだろう。しかし法的には、上記のような構成が必要になる。

「釣りゲータウン2」は何故「釣り★スタ」の著作権を侵害しないか

GREEの請求を棄却した控訴審判決は、「ありふれた表現」「アイディアの範疇」というキーワードを用いて、著作権侵害を否定している。

 GREEの「釣り★スタ」とDeNAの「釣りゲータウン2」は、魚を引き寄せる画面が、ロックオンのため三重の同心円などの画面を用いる点で類似しているが、「同心円を採用する」こと自体は「アイディア」であって表現ではない。そして、そのアイディアを実現するための表現──つまり、どのような色使い(など)で何重の同心円を描くか──は幅が狭いところ、両ゲームの同心円は、「完全に同じ」という訳ではない。知財高裁は、おおむねこのような理屈で著作権侵害を否定した。実際の判決では、同心円以外の点も問題になっているが、他の点についても同様だ。

 モバイルゲームは、PCや専用ゲーム機に比べればスペックの低い、携帯電話上で動作するものなので、あるアイディアを実現するために可能な選択の幅が、概して狭くなりやすい。従って、表現が似通ったゲームが登場しやすく、紛争になりやすい。しかし、選択の幅が狭いということは、「著作権侵害」と認められる幅も狭いから、著作権侵害は認められにくい。

「ファイアーエムブレム」でも同種の裁判が起きていた

同様の紛争は、モバイルゲーム以外の分野でも起きている。例えば専用機用ゲームの紛争としては、「ファイアーエムブレム」と「エムブレムサーガ」の紛争が有名だ。どちらも、ファンタジー的な世界を舞台にした、いわゆる「シミュレーションRPG」と呼ばれるジャンルに属するゲームソフトなのだが、おそらく多くの人の目から見て、両者は、どことなく似ている。そして、それもそのはず。両者は、異なる会社から発売された別のゲームだが、実際に作ったゲームクリエイターは同一人物なのだ。同一人物が作った、従って、どうしても「どことなく」似ている、同一ジャンルのゲーム同士で起こった紛争である。

 この判決においても、裁判所は、ゲームのルールやシステムは「アイディア」である、という点を強調している。さらに、作風や作品の傾向も、著作権の保護対象にはならない、とも述べている。作風や作品の傾向は、「アイディア」と同じく、「表現」の背後にあるものであり、「表現」それ自体ではない、という理解だろう。

業務用プログラムなども考え方は同じ

ゲーム以外であっても、考え方は同じだ。「システムサイエンス事件」と呼ばれる、システムサイエンスと東洋測器、日本テクナート間の紛争は、バイオ関連機器メーカーの特定の測定機器を制御するプログラム同士で、著作権侵害の有無が問題となった事案だ。そして、高裁は、「ある特定のハードウェアを制御するプログラム」は選択の幅が非常に狭いことから、著作権侵害は成立し得ないと判断した。上述のマージ理論であると考えられる。

「真・戦国バスター」と「チーム×抗争!ギャングキング」の紛争

これらの例と異なり、「表現」自体が類似している場合には、著作権侵害は認められやすい。

 KLabの「真・戦国バスター」とクルーズの「チーム×抗争!ギャングキング」の間の紛争は、GREE・DeNAの釣りゲーム訴訟と同様、モバイルゲーム同士の著作権侵害が問題となった事案だ。簡単に説明すれば、両者は、ゲームシステムがほぼ同じで、世界観は全く違うモバイルゲームなのだが、最終的に問題視されたのは、「ヘルプ内の文章(と見出しの並び)がほぼ同じ」という点だった。ヘルプ内の文章は「表現」であり、そして、システムが同じだとしても、そのシステムについての解説であるヘルプにはさまざまな書き方(選択の幅)があり得る。結局この事件は、訴えられたクルーズ側が画面表示を変更し、和解金を払うことで和解成立となったが、これは、「著作権侵害が認められる可能性が十分にある」という判断に基づくものだろう。

「アイディア盗用」は著作権法上許される

以上のように、少なくとも現在の知的財産法および裁判例においては、「アイディア」と「表現」を分け、前者の盗用については著作権侵害を認めないという判断枠組み、また、選択の幅が非常に狭いならそもそも著作権侵害は成立し得ないという考え方が定着している。

 著作権法は、著作者、つまり表現を行った者を保護するための法律だが、保護を行う根拠は「文化の発展」への寄与だと、法律上明示されている。アイディアの盗用は、先発の企業が期待していた利益を害するものかもしれないが、「文化の発展」のためには、アイディアの自由な利用を認め、さまざまな新しい表現を登場させることが望ましい、というのが、これらの裁判例の実質的根拠だろう。そして、優れたアイディアについてのみ、実用新案権・特許権という、登録が必要な別の権利によって保護する、という建付だ。

 もちろん、アイディアの盗用には、社会的に批判を受けることで顧客からの信用を失うなどのリスクがある、といった点は別論である。

 モバイルにおけるソーシャルゲームの「パクリ」狂騒は、上述のような考え方が現在も裁判上で支配的であり、これらを踏まえてビジネスモデルを模索する必要があることを、教訓として残したと言えるだろう。

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